うつ病

うつ病の分類方法の代表的なものを示します。

原因からみて外因性あるいは身体因性、内因性、心因性あるいは性格環境因性と分ける場合があります。
身体因性うつ病とは、アルツハイマー型認知症のような脳の病気、甲状腺機能低下症のような体の病気、副腎皮質ステロイドなどの薬剤がうつ状態の原因となっている場合をいいます。
内因性うつ病というのは典型的なうつ病であり、普通は抗うつ薬がよく効きますし、治療しなくても一定期間内によくなるといわれます。ただ、本人の苦しみや自殺の危険などを考えると、早く治療したほうがよいことは言うまでもありません。
心因性うつ病とは、性格や環境がうつ状態に強く関係している場合です。抑うつ神経症(神経症性抑うつ)と呼ばれることもあり、環境の影響が強い場合は反応性うつ病という言葉もあります。

このような原因を重視したうつ病分類とは異なる視点からの分類が最近、よく用いられています。アメリカ精神医学会が出している診断基準には「気分障害」という項目があり、それをうつ病性障害と双極性障害に分けています。
さらにうつ病性障害の中に、一定の症状の特徴や重症度をもつ大うつ病性障害と、あまり重症でないが長期間持続する気分変調性障害があります。上記二つの分類法は異なる立場からの分類であり、それぞれに長所と短所があります。時に「内因性うつ病=大うつ病性障害」「抑うつ神経症=気分変調性障害」のように誤解している方がいますが、適切に使い分けることが大切です。

典型的なうつ病といえるのは、すでに述べた中でいえば内因性うつ病です。
うつ状態が一定期間持続し、治療しなくても軽快するといわれ、うつ病性挿話と呼ばれます。うつ病性挿話は治った後も再発することがあります。

うつ病性挿話は環境のストレスなどが引き金になる場合もありますが、何も原因となることがないまま起こる場合もあります。このようなタイプのうつ病では、セロトニンやノルアドレナリンなどの脳内の神経伝達物質の働きが悪くなっていると推測されています。
しかし、これもセロトニンやノルアドレナリンに作用する薬がうつ状態に効くことがあるため、考えられていることであり、まだ十分に実証されているとはいえません。
最初に説明した身体因性うつ病や性格環境因性うつ病のように、原因が考えられるうつ状態でも、セロトニンやノルアドレナリンが関係しているかどうかは、まだはっきりしていないと考えたほうがよいでしょう。

たとえば、うつ状態を起こす薬剤として知られているもののひとつにインターフェロン(IFN)があります。
IFNによるうつ状態の原因は、血液の中からわずかに脳内に移行したIFNの作用、副腎皮質や甲状腺を介する作用、ドパミンやインターロイキンなどに関係する作用などが関係しているといわれ、とても複雑です。
一方、休みの日には比較的元気であるなどといううつ状態では、性格面の影響が大きいことが多く、神経伝達物質の影響がそれほど大きいとは思えません。このような場合、「うつ病はあなたのこころが弱いとか甘えているわけではなく、セロトニンやノルアドレナリンなどの働きが悪くなった状態だから、薬をのんで休んだほうがよい」などというアドバイスは、逆効果になることがあります。

うつ状態で一般にみられる症状を示します。早期発見のためにも重要です。ふだんの自分と違う心身の調子の変化に気づいたら、また周囲の方であれば、いつもと違う相手の様子に気づいたら、一度はうつ病を思い浮かべてください。

1) 自分で感じる症状

・憂うつ 
・気分が重い 
・気分が沈む 
・悲しい 
・不安である 
・イライラする 
・元気がない 
・死にたくなる 
・眠れない 
・集中力がない 
・好きなこともやりたくない 
・細かいことが気になる 
・悪い事をしたように感じて自分を責める 
・物事を悪い方へ考える

2) 周囲から見てわかる症状

・表情が暗い 
・涙もろい 
・反応が遅い 
・落ち着かない 
・飲酒量が増える

3) 体に出る症状

・食欲がない 
・体がだるい 
・疲れやすい 
・性欲がない 
・頭痛 
・肩こり 
・動悸 
・胃の不快感 
・便秘がち 
・めまい 
・口が渇く

通常のうつ病治療の考え方

身体疾患や薬剤がうつ状態の原因であったり、うつ状態に影響を与えていたりしないか検討します。
もし可能性があれば、身体疾患の治療や薬剤の中止あるいは変更を考慮します。この場合も、うつ状態が重症であれば抗うつ薬療法を併用します。身体疾患や薬剤が関係しておらず、うつ状態が診断基準を満たす場合は、抗うつ薬療法を考えます。ただし、うつ病が軽症である場合は、抗うつ薬がそれほど有効でないとする報告もありますので、抗うつ薬は期待される有効性と副作用を慎重に検討する必要があります。

また、躁うつ病のうつ状態では原則として抗うつ薬を用いず、気分安定薬に分類される薬剤を処方します。環境のストレスが大きい場合は調整可能かどうかを検討し、対応します。過去にいろいろな場面でうまく適応できず、うつ状態になっているような人で、性格面で検討すべき問題がある場合は、精神療法として一緒に考えていく必要があります。

抗うつ薬療法

抗うつ薬療法が好ましいと思われる状態の場合、最近はいわゆるSSRI(セロトニン再取り込み阻害薬)を用いられることが多いです。SSRIは副作用が少ないと思われがちですが、頭痛、下痢、嘔気などはよくみられます。
また服薬開始には、セロトニン症候群、減量や中止時には退薬症候群といって、かえって不安感やイライラ感が強くなったようにみえることもあります。「SSRIが発売されて、精神医学を専門としない医師にもうつ病治療が可能になった」かのような話を耳にすることがありますが、それほど簡単に使える薬ではありません。
SSRIやSNRI(セロトニンノルアドレナリン再取り込み阻害薬)という分類で薬物治療の方針が示されることもありますが、薬剤ごとに副作用や薬物相互作用の差が小さくありません。個々の薬剤について、論文や添付文書を読んで適切に使う必要があります。まずはきちんと決められた通りに服用することが大切です。

パニック障害

「パニック障害」も「不安障害」も、近年よく用いられるようになった病名ですが、正確にいうと、両者は並列関係にあるものではなく、「パニック障害」は「不安障害」の下位分類のひとつです。「不安障害」というのは、精神疾患の中で、不安を主症状とする疾患群をまとめた名称です。
その中には、特徴的な不安症状を呈するものや、原因がトラウマ体験によるもの、体の病気や物質によるものなど、様々なものが含まれています。中でもパニック障害は、不安が典型的な形をとって現れている点で、不安障害を代表する疾患といえます。

不安障害の原因は、まだ十分には解明されていません。どんな病気もそうですが、精神障害の発症には、生物学的(身体的)、心理的、および社会的要因がいろいろな度合いで関わっています。不安障害も、かつては心理的要因(心因)が主な原因であると考えられてきましたが、近年の脳研究の進歩により、今日では、心因だけでなく様々な脳内神経伝達物質系が関係する脳機能異常(身体的要因)があるとする説が有力になってきています。

脳機能異常

パニック障害では、大脳辺縁系にある扁桃体を中心とした「恐怖神経回路」の過活動があるとする有力な仮説があります。大脳辺縁系は本能、情動、記憶などに関係する脳内部位で、扁桃体は快・不快、怒り、恐怖、などの情動の中枢としての働きをしています。
内外の感覚刺激によって扁桃体で恐怖が引き起こされると、その興奮が中脳水道灰白質、青斑核、傍小脳脚核、視床下部など、周辺の神経部位へ伝えられ、すくみ、心拍数増加、呼吸促迫、交感神経症状などのパニック発作の諸症状を引き起こしてくると考えられています。
またこの神経回路は主としてセロトニン神経によって制御されていて、セロトニンの働きを強めるSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)がパニック障害に有効であることが、この仮説を補強しています。

心理的要因(心因)

不安障害の発症に心理的要因が関与していることも間違いありません。パニック障害では何の理由もなく突然パニック発作に襲われるのが典型的とされていますが、実はこれも、

  • 過去に何らかのきっかけがあった
  • 発症前1年間のストレスが多い
  • 小児期に親との別離体験をもつ

などの心理的要因があるケースが多い、という報告もあります。

社会的要因

このほか、社会的要因も心理的要因の背後にあります。時代やその人の住んでいる国・地域の文化によって、ものごとの受け止め方も考え方も変わります。たとえば日本の場合、恐怖症では対人恐怖が多く、人の目を気にして恥を重視する日本文化独特のものといわれてきましたが、今日そのような傾向が薄れるとともに、対人恐怖も減ってきているといわれています。

不安障害の症状

不安障害の主症状は不安です。不安とは漠然とした恐れの感情で、誰でも経験するものですが、はっきりした理由がないのに、あるいは理由があってもそれと不釣り合いに強く、または繰り返し起きたり、いつまでも続いたりするのが病的な不安です。不安のあらわれ方にはいろいろな形があり、それによって不安障害の下位分類がなされています(ただし原因の明らかなものは原因によって分類)。以下に、パニック障害での症状を解説します。

パニック障害の症状

パニック障害の症状をまとめますと、パニック発作、予期不安が3大症状ということができます。中でもパニック発作、それも予期しないパニック発作がパニック障害の必須症状であり、予期不安、広場恐怖はそれに伴って二次的に生じた不安症状といえます。そして症状のみならず広場恐怖によるQOLの低下が、この障害のもうひとつの特徴でした。

パニック発作

パニック障害かどうかを決めるための第一の条件は、「予期しない発作」であることです。「パニック発作」はパニック障害の特徴的な症状で、急性・突発性の不安の発作です。突然の激しい動悸、胸苦しさ、息苦しさ、めまいなどの身体症状を伴った強い不安に襲われるもので、多くの場合、患者さんは心臓発作ではないか、死んでしまうのではないかなどと考え、救急車で病院へかけつけます。しかし症状は病院に着いたころにはほとんどおさまっていて、検査などでもとくに異常はみられません。そのまま帰宅しますが、数日を置かずまた発作を繰り返します。

パニック発作は恐怖症、強迫性障害、PTSDなどのほかの不安障害、うつ病、統合失調症、身体疾患や物質関連障害などでも同様の症状がみられますが、パニック障害で経験するパニック発作は、「予期しない発作」です。原因やきっかけなしに起こる、いつどこで起こるかわからない発作を「予期しない発作」といいます。恐怖症の人が(たとえばヘビ恐怖症の人が恐怖対象のヘビに出会った時)に起こるパニック発作は、「状況依存性発作」であり予期しない発作ではありません。ただし、パニック障害の患者さんに、両方のタイプの発作が起こることはありえます。

予期不安と発作からくる変化

パニック障害では通常は「また発作が起こるのではないか」という心配が続くことが多く、これを「予期不安」といいます。発作を予期することによる不安という意味です。「心臓発作ではないか」「自分を失ってしまうのではないか」などと、発作のことをあれこれ心配し続け、口には出さなくても発作を心配して「仕事をやめる」などの行動上の変化がみられます。いずれも、パニック発作がない時(発作間欠期)も、それに関連した不安があり、1カ月以上続いているということを意味しています。

広場恐怖

パニック障害は広場恐怖を伴うものと伴わないものに分けられます。「広場恐怖」というのは、パニック発作やパニック様症状が起きた時、そこから逃れられない、あるいは助けが得られないような場所や状況を恐れ、避ける症状をいいます。そのような場所や状況は広場とは限りません。一人での外出、乗り物に乗る、人混み、行列に並ぶ、橋の上、高速道路、美容院へ行く、歯医者にかかる、劇場、会議などがあります。広場というより、行動の自由が束縛されて、発作が起きたときすぐに逃げられない場所や状況が対象になりやすいことがわかります。

「パニック様症状」というのは、パニック発作の基準は満たさないが、それと似た症状という意味です。パニック障害ではほとんどの患者さんがこの広場恐怖を伴っていて、日常生活や仕事に支障を来す場合が多くみられます。サラリーマンであれば電車での通勤や出張、主婦であれば買い物などが、しばしば困難になります。誰か信頼できる人が同伴していれば可能であったり、近くであれば外出も可能であったりしますが、その結果、家族に依存したり、行動半径が縮小した生活を余儀なくされる場合が多く、広場恐怖を伴うパニック障害によるQOL(Quality of Life,生活の質)の低下は、見かけ以上に大きいといわれています。

不安障害の治療は、薬物療法と精神療法に分けられます。パニック障害でも抗うつ薬のSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)と抗不安薬のベンゾジアゼピン誘導体(BZD)を中心とした薬物療法と精神療法である認知行動療法を基本として行います。

SSR1

長所

パニック発作を確実に抑制し、予期不安や広場恐怖にも有効、副作用が少なく安全性が高く、長く続けていても依存性を生じない。

短所

即効性がなく(効果発現に2~4週間かかる)、投与初期(1~2週間)に眠気、吐き気、食欲低下、下痢、軟便などの副作用や、一時的な不安の増強がみられることがある(少量から開始し、徐々に増やしていくことで防ぐことは可能)。薬物相互作用といって、のみあわせに注意しなければならない薬がある(ほかの病院等にかかって薬を処方された場合は、必ず医師か薬剤師に相談してください)。

BZD

長所

不安、不眠、不安に伴う自律神経症状など、不安症状全般に有効で、副作用も少なく(常用量では眠気、ふらつきくらい)安全性が高く、即効性である。

短所

長く続けていると依存性を生じやすい、乱用の危険がある、急にやめるとリバウンドや離脱症状(不眠、焦燥、知覚異常など)が出やすい。アルコールとの併用は禁忌です。 なお、症状が良くなっても薬はすぐにやめず、半年から1年くらいそのまま続け、それから徐々に減らしていくようにします。パニック障害は再発しやすい病気だからです。またSSRIを急に中止すると、断薬症状といって、頭痛、めまい、感冒様症状などが出ることがありますので、必ず医師に相談し、指示通りに服用または中止するようにしてください。

精神療法

パニック障害には、認知行動療法が薬物と同等の効果をもつことがわかっています。認知行動療法は、曝露療法や認知療法、など様々な技法の組み合わせからなっています。症状や治療環境に合わせ、どの技法を用いてどのような方法で行うか、事前に患者さんと治療者でよく話し合って決め、計画的に実施します。
認知行動療法は簡単ではなく、良く訓練をうけた専門家による指導が必要ですが、専門家もまだ十分でないのが現状です。治療ガイドラインでは、急性期の治療では、薬物でパニック発作やそのほかの不安症状を出来るだけ軽減させ、それでも広場恐怖症状が続く場合は、認知行動療法、中でも曝露療法を行うよう勧めています。

不眠症

夜寝つきが悪い、眠りを維持できない、朝早く目が覚める、眠りが浅く十分眠った感じがしないなどの症状が続き、よく眠れないため日中の眠気、注意力の散漫、疲れや種々の体調不良が起こる状態を指します。

日本においては約5人に1人が、このような不眠の症状で悩んでいるとされています。不眠症は、小児期や青年期にはまれですが、20~30歳代に始まり加齢とともに増加し、中年、老年と急激に増加します。また、男性よりも女性に多いといわれています。

不眠症は睡眠障害の中で最も高頻度に認められる病態です。日本の一般人口を対象として行われた疫学調査によれば、成人の21.4%が不眠を訴えています。さらに、成人の14.9%が日中の眠気に悩み、6.3%が寝酒あるいは睡眠薬を常用していることが明らかにされています。
平成19年に厚生労働省が行った調査でも、国民の5人に1人が「睡眠で休養が取れていない」「何らかの不眠がある」と回答しています。

不眠症は、小児期や青年期には稀であり、20~30歳代に始まり、中年以降で急激に増加し、40~50歳代でピークを示します。この背景には、人口の高齢化、ライフスタイルの多様化、生活リズムの乱れ、ストレスなどが関連していると考えられています。

入眠障害

床についてもなかなか(30分~1時間以上)眠りにつけない。

中途覚醒

いったん眠りについても、翌朝起床するまでの間、夜中に何度も目が覚める。

早朝覚醒

希望する時刻、あるいは通常の2時間以上前に目が覚め、その後眠れない。

熟眠障害

眠りが浅く、睡眠時間のわりに熟睡した感じが得られない。

(なお、これらの症状は同時に複数現れることがあります。全体的には中途覚醒の患者の割合が多く、加齢とともに顕著に増加します。また、60歳以上の高齢者は各タイプとも頻度が高く、加齢に伴い不眠が増加していることがうかがい知れます。高齢者では、加齢による睡眠構造の変化から、徐波睡眠が減少し、睡眠が分断されやすくなります。また、夜間の頻尿・痛み等、体の変化も生じます。これらのことが、加齢に伴い不眠が増加していることの原因であると考えられています。)

心理的原因

何らかのストレスに関連して起こる不眠。例)家族や親友の死、仕事上の問題など。特に眠れなくなった前後の出来事を、詳しく検討することで、明らかになってくることがあります。

身体的原因

身体の病気や症状が原因で起こる不眠。例)外傷や関節リウマチなどの痛みを伴う疾患。湿疹や蕁麻疹などの痒みを伴う疾患。喘息発作や頻尿、花粉症など。身体的な病気や症状を治療することで、改善されることがあります。

精神医学的原因

精神や神経の病には、不眠を伴うことが少なくありません。なかでも不眠になりやすいのは、不安と抑うつです。憂うつな気分が続いたり、これまで楽しかったことが楽しめなかったりするのは、うつ病かもしれません。
それが原因で眠れなくなったりします。慢性的な不眠症では、3分の1から半数は、何かしらの精神医学的な疾患を持っているとも言われています。落ち込んだり憂うつな気分が続く時は注意が必要です。不眠を改善させる意味でも原因となっている精神医学的疾患の治療を優先させなければいけません。

薬理学的原因

服用している薬や、アルコール、カフェイン、ニコチンなどが原因で起こる不眠があります。代表的な薬には、抗がん剤、自律神経・中枢神経に働く薬、ステロイドなどがあります。服用しているお薬、飲酒、喫煙、カフェイン摂取の習慣がないかを確認することが大切です。ドリンク剤には意外とカフェインが多く含まれているので注意が必要です。

生理学的原因

睡眠を妨げる環境による不眠があります。海外旅行や出張による時差ボケや、受験勉強や職場の勤務シフトなどによる生活リズムの昼夜逆転など、ライフスタイルが大きく変わると、眠ろうとする機能が低下し、眠る機会が妨げられることがあります。
先ずは少しでも眠りやすい住環境、例えば就寝前には照明を落とし、起床時には上げるなど、光のコントロールを考えたり、心と体がリラックスできるよう工夫してみましょう。

睡眠導入剤

現在の睡眠薬の処方としては、「ベンゾジアゼピン系」「非ベンゾジアゼピン系」が主流となっています。その理由は効果がしっかりとしており、副作用も重篤なものは少ないからです。
しかし耐性・依存性の副作用は無視できるものではなく、ベンゾジアゼピン系の依存性は社会的にも問題となっています。その問題を受けて、近年、メラトニン受容体作動薬、また、オレキシン受容体拮抗薬が処方できるようになり、治療の選択肢が広がってきています。

統合失調症

統合失調症は、およそ100人に1人弱がかかる頻度の高い病気です。「普通の話も通じなくなる」「不治の病」という誤ったイメージがありますが、こころの働きの多くの部分は保たれ、多くの患者さんが回復していきます。
高血圧や糖尿病などの生活習慣病と同じように、早期発見や早期治療、薬物療法と本人・家族の協力の組み合わせ、再発予防のための治療の継続が大切です。脳の構造や働きの微妙な異常が原因と考えられるようになってきています。

統合失調症は、幻覚や妄想という症状が特徴的な精神疾患です。それに伴って、人々と交流しながら家庭や社会で生活を営む機能が障害を受け(生活の障害)、「感覚・思考・行動が病気のために歪んでいる」ことを自分で振り返って考えることが難しくなりやすい(病識の障害)、という特徴を併せもっています。多くの精神疾患と同じように慢性の経過をたどりやすく、その間に幻覚や妄想が強くなる急性期が出現します。
新しい薬の開発と心理社会的ケアの進歩により、初発患者のほぼ半数は、完全かつ長期的な回復を期待できるようになりました。

統合失調症の原因は、今のところ明らかではありません。進学・就職・独立・結婚などの人生の進路における変化が、発症の契機となることが多いようです。ただ、それらは発症のきっかけではあっても、原因ではないと考えられています。というのは、こうした人生の転機はほかの人には起こらないような特別な出来事ではなく、同じような経験をする大部分の人は発症に至らないからです。
双生児や養子について調査をすると、発症に素因と環境がどの程度関係しているかを知ることができます。
たとえば、一卵性双生児は遺伝的には同じ素因をもっているはずですが、2人とも統合失調症を発症するのは約50%とされていますので、遺伝の影響はあるものの、遺伝だけで決まるわけではないことがわかります。様々な研究結果を総合すると、統合失調症の原因には素因と環境の両方が関係しており、素因の影響が約3分の2、環境の影響が約3分の1とされています。素因の影響がずいぶん大きいと感じるかもしれませんが、この値は高血圧や糖尿病に近いものですので、頻度の多い慢性的な病気に共通する値のようです。
子どもは親から遺伝と環境の両方の影響を受けますが、それでも統合失調症の母親から生まれた子どものうち同じ病気を発症するのは約10%にすぎません。

幻覚・妄想

幻覚と妄想は、統合失調症の代表的な症状です。幻覚や妄想は統合失調症だけでなく、ほかのいろいろな精神疾患でも認められますが、統合失調症の幻覚や妄想には一定の特徴があります。幻覚と妄想をまとめて「陽性症状」と呼ぶことがあります。

幻覚

幻覚とは、実際にはないものが感覚として感じられることです。統合失調症で最も多いのは、聴覚についての幻覚、つまり誰もいないのに人の声が聞こえてくる、ほかの音に混じって声が聞こえてくるという幻聴(幻声)です。「お前は馬鹿だ」などと本人を批判・批評する内容、「あっちへ行け」と命令する内容、「今トイレに入りました」と本人を監視しているような内容が代表的です。普通の声のように耳に聞こえて、実際の声と区別できない場合、直接頭の中に聞こえる感じで、声そのものよりも不思議と内容ばかりがピンとわかる場合などがあります。
周りの人からは、幻聴に聞きいってニヤニヤ笑ったり(空笑)、幻聴との対話でブツブツ言ったりする(独語)と見えるため奇妙だと思われ、その苦しさを理解してもらいにくいことがあります。

妄想

妄想とは、明らかに誤った内容であるのに信じてしまい、周りが訂正しようとしても受け入れられない考えのことです。
「街ですれ違う人に紛れている敵が自分を襲おうとしている」(迫害妄想)「近所の人の咳払いは自分への警告だ」(関係妄想)「道路を歩くと皆がチラチラと自分を見る」(注察妄想)「警察が自分を尾行している」(追跡妄想)などの内容が代表的で、これらを総称して被害妄想と呼びます。時に「自分には世界を動かす力がある」といった誇大妄想を認める場合もあります。
妄想に近い症状として、「考えていることが声となって聞こえてくる」(考想化声)「自分の意思に反して誰かに考えや体を操られてしまう」(作為体験)「自分の考えが世界中に知れわたっている」(考想伝播)のように、自分の考えや行動に関するものがあります。思考や行動について、自分が行っているという感覚が損なわれてしまうことが、こうした症状の背景にあると考えられることから、自我障害と総称します。

幻覚・妄想の特徴

統合失調症の幻覚や妄想には、2つの特徴があります。
その特徴を知ると、幻覚や妄想に苦しむ気持ちが理解しやすくなります。

第1は、内容の特徴です。幻覚や妄想の主は他人で、その他人が自分に対して悪い働きかけをしてきます。つまり人間関係が主題となっています。その内容は、大切に考えていること、劣等感を抱いていることなど、本人の価値感や関心と関連していることが多いようです。このように幻覚や妄想の内容は、もともとは本人の気持ちや考えに由来するものです。

第2は、気分に及ぼす影響です。幻覚や妄想の多くは、患者さんにとっては真実のことと体験され、不安で恐ろしい気分を引き起こします。無視したり、ほうっておくことができず、いやおうなくその世界に引きずりこまれるように感じます。
場合によっては、幻聴や妄想に従った行動に走ってしまう場合もあります。「本当の声ではない」「正しい考えではない」と説明されても、なかなか信じられません。

生活への障害

統合失調症では、先に述べた幻覚・妄想とともに、生活に障害が現れることが特徴です。この障害は「日常生活や社会生活において適切な会話や行動や作業ができにくい」という形で認められます。陰性症状とも呼ばれますが、幻覚や妄想に比べて病気による症状とはわかりにくい症状です。患者本人も説明しにくい症状ですので、周囲から「社会性がない」「常識がない」「気配りに欠ける」「怠けている」などと誤解されるもととなることがあります。こうした日常生活や社会生活における障害は、次のように知・情・意それぞれの領域に分けて考えると理解しやすいでしょう。

会話や行動の障害

会話や行動のまとまりが障害される症状です。日常生活では、話のピントがずれる、話題が飛ぶ、相手の話のポイントや考えがつかめない、作業のミスが多い、行動の能率が悪い、などの形で認められます。症状が極端に強くなると、会話や行動が滅裂に見えてしまうこともあります。こうした症状は、注意を適切に働かせながら会話や行動を目標に向けてまとめあげていく、という知的な働きの障害に由来すると考えられます。

感情の障害

自分の感情について、他人の感情の理解について、両者に障害が生じます。自分の感情についての障害とは、感情の動きが少ない、物事に適切な感情がわきにくい、感情を適切に表せずに表情が乏しく硬い、それなのに不安や緊張が強く慣れにくい、などの症状です。
また、他人の感情や表情についての理解が苦手になり、相手の気持ちに気づかなかったり、誤解したりすることが増えます。こうした感情の障害のために、対人関係において自分を理解してもらったり、相手と気持ちの交流をもったりすることが苦手となります。

意欲の障害

物事を行うために必要な意欲が障害されます。仕事や勉強をしようとする意欲が出ずにゴロゴロばかりしてしまう(無為)、部屋が乱雑でも整理整頓する気になれない、入浴や洗面などの身辺の清潔にも構わない、という症状として認められます。
さらにより基本的な意欲の障害として、他人と交流をもとうとする意欲、会話をしようとする意欲が乏しくなり、無口で閉じこもった生活となる場合もあります(自閉)。

病識の障害

病識とは、自分自身が病気であること、あるいは幻覚や妄想のような症状が病気による症状であることに自分で気づくことができること、認識できることをいいます。統合失調症の場合には、この病識が障害されます。
多くの場合、ふだんの調子とは異なること、神経が過敏になっていることは自覚できます。しかし幻覚や妄想が活発な時期には、それが病気の症状であるといわれても、なかなかそうは思えません。症状が強い場合には、自分が病気であることが認識できない場合もあります。治療が進んで病状が改善すると、自分の症状について認識できる部分が増えていきます。
ほかの患者さんの症状については、それが病気の症状であることを認識できますから、判断能力そのものの障害ではないことがわかります。自分自身を他人の立場から見直して、自分の誤りを正していくという機能の障害が背景にあると考えられます。

薬物療法の位置づけ

統合失調症の治療は、薬物療法と心理社会的な治療を組み合わせて行います。心理社会的な治療とは、精神療法やリハビリテーションなどを指します。薬物療法なしに行う心理社会的な治療には効果が乏しく、薬物療法と心理社会的な治療を組み合わせると相乗的な効果があることが明らかとなっています。
「薬物療法か、心理社会的治療か」と二者択一で考えるのではなく、薬物療法と心理社会的治療は車の両輪のようにいずれも必要であることを理解しておくのが大切です。とくに、幻覚や妄想が強い急性期には、薬物療法をきちんと行うことが不可欠です。

抗精神病薬が有効な精神症状

統合失調症の治療に用いられる薬物を「抗精神病薬」、あるいは「神経遮断薬」と呼びます。精神に作用する薬物の総称である向精神薬のうちのひとつのカテゴリーが、この抗精神病薬です。

抗精神病薬の作用は、大きく3つにまとめられます。幻覚・妄想・自我障害などの陽性症状を改善する抗精神病作用、不安・不眠・興奮・衝動性を軽減する鎮静催眠作用、感情や意欲の障害などの陰性症状の改善をめざす精神賦活作用の3種類です。幻覚や妄想が薬物によりよくなるというのは、なかなか理解しにくいことのようで、「薬によって強制的に考えが変えられる」「薬で洗脳される」と誤解される場合があります。しかし、実際に抗精神病薬を服用した患者さんの感覚は、「幻覚や妄想に無関心になる」「行動に影響しなくなる」というものです。

ある患者さんは、「どうしてもあることにとらわれて気持ちが過敏になること、がなくなる」「頭が忙しくなくなる」「薬を飲んでも『最初にグサリときた感じ』(被害妄想を体験していた頃の恐怖感のこと)を忘れることはできないが、それだけにのめりこむことがなくなる」と表現していました。実感としては、楽になるとかリラックスすると感じることが多いようです。

抗精神病薬の種類と量

抗精神病薬には様々な種類があります。それぞれの薬物によって、先に挙げた3種類の効果のいずれが強いかという特徴の違いがあります。それぞれの患者さんの病状を目安にして、なるべく適切な薬物を選択することになります。一人ひとりの患者さんに合った種類や量を決めるためには、ある程度の試行錯誤が必要となります。患者さんごとに薬の種類や量の個人差が大きいことは、精神疾患に限らず慢性疾患の治療薬物の特徴なのです。この試行錯誤の過程は、患者さんと医師とが力を合わせて行う共同作業ということができます。

抗精神病薬は「定型抗精神病薬」と「非定型抗精神病薬」の2種類に分類されます。定型抗精神病薬というのは以前から用いられていた薬物、非定型抗精神病薬は最近になって用いられ始めた薬物のことです。
脳における神経伝達物質への作用に違いがあるために、こうした名称がつけられています。非定型抗精神病薬は、定型抗精神病薬にある副作用の軽減をひとつの目標として開発されたことから、全体としては精神面への副作用が少なめです。また非定型抗精神病薬には、認知機能を改善することで生活の質(quality of life;QOL)を高める作用が強いとの指摘もあり、期待される薬物です。主治医と相談しながら「自分に合った薬」を見つけていくことがもっとも大切です。

抗精神病薬の再発予防効果

抗精神病薬には、これまで述べたような精神症状への効果だけでなく、再発を予防する効果があります。抗精神病薬による治療で幻覚や妄想がいったん改善しても、薬物療法をその後も継続しないと、数年で60~80%の患者が再発してしまうとされています。ところが、幻覚や妄想が改善した後も抗精神病薬の治療を継続すると、その再発率が減少します。

このように、いったん病状が落ち着いた後も服用し続けること(維持療法)で再発が予防できることを、抗精神病薬の再発予防効果と呼んでいます。調子がよいのに薬をのみ続けるというのはなかなか納得しにくいことですが、高血圧を例に考えるとわかりやすいと思います。高血圧で薬物治療が必要になると、血圧を下げる薬(降圧薬)を服用することになります。
降圧薬を服用すると血圧は下がりますが、それで高血圧が治ったわけではありません。降圧薬を中止するとまた血圧が上がってしまうからです。そこで、血圧が正常化していてもしばらくは降圧薬をのみ続けることになります。抗精神病薬による維持療法も、これと同じ仕組みと考えると理解しやすいでしょう。抗精神病薬を中止しても、すぐに再発が起こるとは限りません。
最初は服薬を中止しても何の変わりもありませんから、本人も家族も維持療法は必要ないのだと油断しがちです。しかし何カ月かたってから、生活上のストレスをきっかけに再発が起こることが多いのです。この点を最初から理解しておくことが大切です。

服薬の中止

高血圧の場合に、降圧薬による治療を長期間続け、血圧が正常な期間が長くなると、降圧薬を中止したり減量したりしても血圧が上がらなくなることが増えてきます。統合失調症の場合も同様で、精神症状が安定した状態が長く続くと、抗精神病薬を中止したり減量したりすることができるようになります。その段階にまでなれば、抗精神病薬による治療は、一時的に症状を抑えるだけの対症療法とはいえなくなります。
ある意味では、服薬を続けることで病気そのものが軽くなっていくといってよいでしょう。具体的に、精神症状の安定がどのくらい続いたら抗精神病薬を中止したり減量したりできるのかは、難しい問題です。
たとえば初発の場合には1年、再発を繰り返している場合には5年という目安が提唱されていますが、個人差が大きいので、一律に決めるのが難しいのです。
再発の徴候がつかみやすいかどうか、再発した場合の症状が生活にどのくらいの障害を引き起こすものか、などを考慮に入れて、主治医と相談することが大切です。相談をせず自分だけの判断で中止しないようにしましょう。

抗精神病薬は、全体としては重い副作用の少ない安全な薬です。長期間服用を続けることを前提とした薬ですので、たとえ10年以上も服用を続けたとしても問題のない場合が多いものです。副作用を恐れるあまり維持療法を中断し、再発を起こしてしまうのは残念なことです。どんな副作用があるのかについて知識をもち、心配な点を早めに主治医に相談することが大切でしょう。副作用についても個人差が大きいので、自分に合った薬物を見つけていく必要があります。抗精神病薬の副作用は、いくつかに分類して考えることができます。

いろいろな薬物に共通する副作用

肝臓や腎臓への薬物の影響です。血液検査・尿検査・心電図などを3~6カ月に1回チェックすれば問題ありません。薬物によっては高血糖になったり、糖尿病が引き起こされたりすることがありますので、のみ始めの頃に検査の繰り返しが必要な場合があります。

抗精神病薬に特徴的な副作用

そわそわしてじっと座っていられない(アカシジア)、体がこわばって動きが悪い、震える、よだれが出る(パーキンソン症状)、口などが勝手に動いてしまう(ジスキネジア)、筋肉の一部がひきつる(ジストニア)などです。こうした副作用を軽減する薬物を併用したり、薬物を減量したりすることで改善します。

薬物の随伴的な副作用

眠気、だるさ、立ちくらみ、口渇、便秘などです。薬物の種類や量を調整することで、軽減できる場合があります。

ごくまれだが重篤な副作用

悪性症候群(高熱、筋強剛、自律神経症状など)は、すみやかな治療が必要です。よくある失敗は、副作用を恐れて自分の判断で薬を減量しているのに、そのことを主治医に伝えていない場合です。 処方した量の薬を服用しているものと考えている主治医がますます薬を増量する、という悪循環に陥ることになります。

長期の予後を検討すると、治癒に至ったり軽度の障害を残すのみなど良好な予後の場合が50~60%で、重度の障害を残す場合は10~20%であるとされています。この数字は昔の治療を受けた患者さんのデータですので、新しく開発された薬と心理社会的ケアの進歩の恩恵を受けている現代の患者さんでは、よりよい予後が期待できます。症状が現れてから薬物治療を開始するまでの期間(精神病未治療期間)が短いと予後がよいことが指摘されていますので、長期経過の面でも早期発見・早期治療が大切であることがわかります。

更年期障害

女性はおおむね10代前半で初潮を迎え、50歳前後で閉経を迎えます。
また、多くの女性が、20代~30代に妊娠・出産を経験します。女性の体は、一生のうちで何度も大きな変化を迎えるのです。また、女性の体は、個人差はありますが、ほぼ28日周期のリズムをもっています。これは、女性ホルモンの分泌の変化によるもので、排卵前には体を妊娠しやすい状態にするホルモン(エストロゲン)が多く、排卵後には妊娠を維持するためのホルモン(プロゲステロン)が多く分泌されます。
これらの女性ホルモンは、生理や妊娠・出産にかかわるだけでなく、女性の肌や健康の維持にもかかわっています。更年期とは、女性の体が子どもを産める状態から、卵巣機能が低下して、排卵が止まり、月経がなくなる状態へ変化する期間のことです。通常、閉経は50歳前後ですが、個人差があり、40歳代前半~50歳代後半に閉経を迎えます。この閉経前後の5年間を更年期と呼びます。

閉経が近くなると、卵巣の機能がおとろえ、女性ホルモンの分泌リズムが乱れたり、分泌量が変わったりします。こうした変化に体がついていけず、ほてりやのぼせ、急に汗をかく、イライラ、不安感といった症状が起こると考えられています。また、近年では、晩婚化や少子化を背景に、女性の妊娠回数が減少していることが、更年期の体調に影響を与えているのではないかという説があります。現代の女性は、早婚で妊娠回数も多かった昔の女性に比べて一生のうちの生理の回数が多く、それが卵巣の機能に影響すると考えられているようです。

閉経を迎え始める女性の50歳前後は、体の変化だけではなく、環境も変わりやすい時期です。子どもが独立してホッとする反面、気が抜けたようになってしまったり、親の介護が始まってストレスをためてしまったり。こうした心の変化も、更年期の体調に影響を与えると考えられるようになってきました。

躁うつ病

双極性障害は、精神疾患の中でも気分障害と分類されている疾患のひとつです。
うつ状態だけが起こる病気を「うつ病」といいますが、このうつ病とほとんど同じうつ状態に加え、うつ状態とは対極の躁状態も現れ、これらをくりかえす、慢性の病気です。昔は「躁うつ病」と呼ばれていましたが、現在では両極端な病状が起こるという意味の「双極性障害」と呼んでいます。
なお、躁状態だけの場合もないわけではありませんが、経過の中でうつ状態が出てくる場合も多く、躁状態とうつ状態の両方がある場合とはとくに区別せず、やはり双極性障害と呼びます。

双極性障害は、躁状態の程度によって二つに分類されます。家庭や仕事に重大な支障をきたし、人生に大きな傷跡を残してしまいかねないため、入院が必要になるほどの激しい状態を「躁状態」といいます。一方、はたから見ても明らかに気分が高揚していて、眠らなくても平気で、ふだんより調子がよく、仕事もはかどるけれど、本人も周囲の人もそれほどは困らない程度の状態を「軽躁状態」といいます。
うつ状態に加え、激しい躁状態が起こる双極性障害を「双極I型障害」といいます。うつ状態に加え、軽躁状態が起こる双極性障害を「双極II型障害」といいます。

双極性障害は、精神疾患の中でも治療法や対処法が比較的整っている病気で、薬でコントロールすれば、それまでと変わらない生活をおくることが十分に可能です。しかし放置していると、何度も躁状態とうつ状態を繰り返し、その間に人間関係、社会的信用、仕事や家庭といった人生の基盤が大きく損なわれてしまうのが、この病気の特徴のひとつでもあります。
このように双極性障害は、うつ状態では死にたくなるなど、症状によって生命の危機をもたらす一方、躁状態ではその行動の結果によって社会的生命を脅かす、重大な疾患であると認識されています。

双極性障害の原因は、まだ解明されていません。しかし、この病気は精神疾患の中でも脳やゲノムなどの身体的な側面が強い病気だと考えられています。ストレスが誘因や悪化要因になりますが、単なる「こころの悩み」ではありません。ですから、精神療法やカウンセリングだけで根本的な治療をすることはできません。また双極性障害は、どんな性格の人でもなりうる病気です。

躁状態

双極Ⅰ型障害の躁状態では、ほとんど寝ることなく動き回り続け、多弁になって家族や周囲の人に休む間もなくしゃべり続け、家族を疲労困ぱいさせてしまいます。仕事や勉強にはエネルギッシュに取り組むのですが、ひとつのことに集中できず、何ひとつ仕上げることができません。
高額な買い物をして何千万円という借金をつくってしまったり、法的な問題を引き起こしたりする場合もあります。失敗の可能性が高いむちゃなことに次々と手を出してしまうため、これまで築いてきた社会的信用を一気に失ったあげく、仕事をやめざるをえなくなることもしばしばあります。また、自分には超能力があるといった誇大妄想をもつケースもあります。

軽躁状態

双極II型障害の軽躁状態は、躁状態のように周囲に迷惑をかけることはありません。いつもとは人が変わったように元気で、短時間の睡眠でも平気で動き回り、明らかに「ハイだな」というふうに見えます。
いつもに比べて人間関係に積極的になりますが、少し行き過ぎという感じを受ける場合もあります。躁状態と軽躁状態に共通していえることは、多くの場合、本人は自分の変化を自覚できないということです。大きなトラブルを起こしていながら、患者さん自身はほとんど困っておらず、気分爽快でいつもより調子がよいと感じており、周囲の困惑に気づくことができません。

うつ状態

双極性障害の人が具合が悪いと感じるのは、うつ状態の時です。筆舌に尽くしがたい、何とも形容しがたいうっとうしい気分が一日中、何日も続くという「抑うつ気分」と、すべてのことにまったく興味をもてなくなり、何をしても楽しいとかうれしいという気分がもてなくなる「興味・喜びの喪失」の二つが、うつ状態の中核症状です。
これら二つのうち少なくともひとつ症状があり、これらを含めて、早朝覚醒、食欲の減退または亢進、体重の増減、疲れやすい、やる気が出ない、自責感、自殺念慮といった様々なうつ状態の症状のうち、5つ以上が2週間以上毎日出ている状態が、うつ状態です。双極性障害では、最初の病相(うつ状態あるいは躁状態)から、次の病相まで、5年くらいの間隔があります。
躁やうつが治まっている期間は何の症状もなく、まったく健常な状態になります。しかし、この期間に薬を飲まないでいると、ほとんどの場合、繰り返し躁状態やうつ状態が起こります。治療がきちんとなされていないと、躁状態やうつ状態という病相の間隔はだんだん短くなっていき、しまいには急速交代型(年間に4回以上の病相があること)へと移行していきます。薬も効きにくくなっていきます。
双極性障害で繰り返される躁状態の期間とうつ状態の期間を比較すると、うつ状態の期間のほうが長いことが多く、また先述の通り、本人は躁状態や軽躁状態の自覚がない場合が多いので、多くの患者さんはうつ状態になった時に、うつ病だと思って受診します。そして病院にかかった時に、以前の躁状態や軽躁状態のことがうまく医師に伝わらない場合、治療がうまく進まないことがあります。このように、双極性障害が見逃されている場合も少なくないと思われます。

薬物療法

双極性障害には、気分安定薬と呼ばれる薬が有効です。日本で用いられている気分安定薬には、リチウム、バルプロ酸、カルバマゼピンがあります。 その他、日本では双極性障害に対する適応が認められていない薬の中に海外で双極性障害に対する有効性が確認されている薬がいくつかあります。気分安定薬であるラモトリギン(日本では難治性のてんかんに対して適応が認められています。)非定型抗精神病薬であるクエチアピン、オランザピン、アリピプラゾールなどです(これらは、日本では統合失調症に対して適応が認められています)。
このうち、最も基本的な薬はリチウムです。リチウムには、躁状態とうつ状態を改善する効果、躁状態・うつ状態を予防する効果、自殺を予防する効果があります。しかし、リチウムは副作用が強く、使い方が難しい薬でもあります。リチウムを飲む時は、血中濃度を測りながら使わなければいけません。リチウムを服用してすぐの濃度は不安定なので、通常は、前の夜に服用した翌朝など、血中濃度が落ち着いた時間に採血して、血中濃度を調べます。有効な血中濃度は0.4mMから1.2mMくらいの間で、これを超えると副作用が出やすくなります。リチウムの副作用として、とくに飲み始めに下痢、食欲不振

、のどが渇いて多尿になる、といった症状が出ることがあります。また手の震えは、有効濃度で服用していても長期に続く場合があり、なかなかやっかいな副作用です。
さらに、血中濃度が高くなり過ぎると、ふらふらして歩けなくなり、意識がもうろうとするなど、様々な中毒症状が出る場合があります。甲状腺の機能が低下する場合もありますが、これは甲状腺ホルモン剤を合わせて飲むことで対処できます。

体調が変化した時(食事や飲水ができないことが続いた時、腎臓の病気にかかった時など)には、急激に血中濃度が高くなって中毒症状が出る場合があるので、血中濃度をチェックする必要があります。また、様々なほかの薬(高血圧の薬など)との組み合わせによって、リチウムの血中濃度が急に高まったり、中毒が起きやすくなったりする場合があります。
別の病院でもらった薬でも、同じ院外薬局で出してもらうようにすることで、飲み合わせの悪い薬がないかどうか、薬剤師に確認してもらえるでしょう。リチウムなどの気分安定薬に加えて、うつ状態の時には、抗うつ薬が処方される場合もあります。しかし、抗うつ薬の種類によっては、かえって症状が悪くなってしまうこともあるので、注意が必要です。とくに三環系抗うつ薬と呼ばれる古いタイプの抗うつ薬は、躁状態を引き起こすことがあるので、双極性障害の方はできる限り避けたほうがよいでしょう。また、まだはっきりしたことはわからないのですが、双極性障害の方が抗うつ薬を飲むと、アクティベーションシンドロームと呼ばれる、かえって焦燥感などが強まって悪化してしまう状態が起きやすいのではないか、と疑われています。

うつ状態で病院に行った時に、過去の躁状態について話をしそこなった場合という場合は、医師がこうした可能性について注意を払うことができません。うつ病として治療を受けているけれど、過去に躁状態や軽躁状態があったかもしれないと思う人は、必ず医師に伝えてください。とくに「うつ病と診断されて抗うつ薬を飲んだけれど、症状が悪化した」という人は、双極性障害である可能性も考えて、医師に報告し、よく相談してください。精神科の治療は、副作用との戦いです。精神疾患には有効な治療が多くあるのですが、どれも副作用があるものばかりです。
とくに双極性障害の治療薬であるリチウムの副作用は、けっして軽いものではありません。しかし副作用のない薬はなく、双極性障害の治療薬は限られています。「副作用が出たから、この薬は合わない」とやめてしまうと、せっかく回復できる可能性があるのに、これをみすみす失っていることになってしまいます。
薬には副作用があることを前提として、自分の病気のコントロールのために、どのように副作用と折り合いをつけながら治療していこうか、という姿勢で臨むことが大切です。

適応障害

適応障害は、ある特定の状況や出来事が、その人にとってとてもつらく耐えがたく感じられ、そのために気分や行動面に症状が現れるものです。たとえば憂うつな気分や不安感が強くなるため、涙もろくなったり、過剰に心配したり、神経が過敏になったりします。

また、無断欠席や無謀な運転、喧嘩、物を壊すなどの行動面の症状がみられることもあります。ストレスとなる状況や出来事がはっきりしているので、その原因から離れると、症状は次第に改善します。
でもストレス因から離れられない、取り除けない状況では、症状が慢性化することもあります。そういった場合は、カウンセリングを通して、ストレスフルな状況に適応する力をつけることも、有効な治療法です。適応障害とは「ストレス因により引き起こされる情緒面や行動面の症状で、社会的機能が著しく障害されている状態」と定義されています。
ストレスとは「重大な生活上の変化やストレスに満ちた生活上の出来事」です。ストレス因は、個人レベルから災害など地域社会を巻き込むようなレベルまで様々です。また、ある人はストレスに感じることがほかの人はそうでなかったりと、個人のストレスに対する感じ方や耐性も大きな影響を及ぼします。つまり適応障害とは、ある生活の変化や出来事がその人にとって重大で、普段の生活がおくれないほど抑うつ気分、不安や心配が強く、それが明らかに正常の範囲を逸脱している状態といえます。

さらに「発症は通常生活の変化やストレス性の出来事が生じて1カ月以内であり、ストレスが終結してから6カ月以上症状が持続することはない」とされています。ただしストレスが慢性的に存在する場合は症状も慢性に経過します。もうひとつ重要な点は、ほかの病気が除外される必要があります。統合失調症、うつ病などの気分障害や不安障害などの診断基準を満たす場合はこちらの診断が優先されることになります。いったいどれくらいの人が適応障害になっているかというと、ヨーロッパでの報告によると、一般的には人口の1%といわれています。日本での末期がん患者の適応障害有病率の調査では、16.3%といわれています。
しかし適応障害と診断されても、5年後には40%以上の人がうつ病などの診断名に変更されています。つまり、適応障害は実はその後の重篤な病気の前段階の可能性もあるといえます。

適応障害にはどんな症状があるのでしょうか?抑うつ気分、不安、怒り、焦りや緊張などの情緒面の症状があります。置かれている状況で、何かを計画したり続けることができないと感じることもあるでしょう。

また行動面では、行きすぎた飲酒や暴食、無断欠席、無謀な運転やけんかなどの攻撃的な行動がみられることもあります。子どもの場合は、指しゃぶりや赤ちゃん言葉などのいわゆる「赤ちゃん返り」がみられることもあります。
不安が強く緊張が高まると、体の症状としてどきどきしたり、汗をかいたり、めまいなどの症状がみられることもあります。適応障害ではストレス因から離れると症状が改善することが多くみられます。たとえば仕事上の問題がストレス因となっている場合、勤務する日は憂うつで不安も強く、緊張して手が震えたり、めまいがしたり、汗をかいたりするかもしれませんが、休みの日には憂うつ気分も少し楽になったり、趣味を楽しむことができる場合もあります。しかし、うつ病となるとそうはいかないことがあります。

環境が変わっても気分は晴れず、持続的に憂うつ気分は続き、何も楽しめなくなります。これが適応障害とうつ病の違いです。持続的な憂うつ気分、興味・関心の喪失や食欲が低下したり、不眠などが2週間以上続く場合は、うつ病と診断される可能性が高いでしょう。

適応障害の治療はどんなことをするのでしょうか?
まず、治療のひとつは「ストレス因の除去」になります。またストレスをストレスと感じる人とそうでない人もいるように、ストレス耐性は人それぞれ異なります。治療はここにアプローチすることになります。つまり、「ストレス因に対しての本人の適応力を高める」方法です。さらに「情緒面や行動面での症状に対してアプローチ」することもあります。
では実際にはどんなことをするのでしょうか?

ストレス因の除去

ストレス因の除去とは、環境調整することです。たとえば暴力をふるう恋人から離れるために、ほかの人に助けを求めるなどがこれにあたるでしょう。ストレス因が取り除ける、あるいは回避できるものであればいいのですが、家族のように動かせないもの、離れるのが難しいものもあります。こうなるとストレス因の除去だけではうまくいきませんので、次のステップも必要となります。

本人の適応力を高める

ストレス因に対して本人はどのように受け止めているかを考えていくと、その人の受け止め方にパターンがあることが多くみられます。このパターンに対してアプローチしていくのが認知行動療法と呼ばれるカウンセリング方法です。また現在抱えている問題と症状自体に焦点を当てて協同的に解決方法を見出していく問題解決療法もあります。この認知行動療法も問題解決療法も、治療者と治療を受ける人が協同して行っていくものですが、基本的には治療を受ける人自身が主体的に取り組むことが大切です。

情緒面や行動面への介入

情緒面や行動面での症状に対しては、薬物療法という方法もあります。不安や不眠などに対してはベンゾジアゼピン系の薬、うつ状態に対して抗うつ薬を使うこともあります。ただし適応障害の薬物療法は「症状に対して薬を使う」という対症療法になります。根本的な治療ではありません。つまり適応障害の治療は薬物療法だけではうまくいかないことが多いため、環境調整やカウンセリングが重要になっています。